子供には、幸せな勘違いをさせよう(笑)

先ほどは親からの刷り込みの良くない例でしたが

 

fujicoo.hatenablog.com

 

お次は幸せに勘違いをしていた話です(笑)

 

 

私の名前は親(祖母?)が姓名判断を受けてつけたものなので、最初に親が考えていた名前ではないらしいんですね。

 

「あんたは運が強すぎて兄弟の運まで吸い取るから、その(最初に考えてた)名前はダメって言われてたのよー」

 

と言われてたので

 

私、運が強いんだ(`・∀・´)エッヘン!!

 

 

と、まあ

 

見事に信じてました(笑)

 

 

するとどうなるかというと

悪いことが起こっても

 

「あれー?

私運がいいはずなのにおかしいなー??

あっ、もっとイイコトが起こるんだわ!

 

という

 

わりとお花畑な脳ミソになれますw

 

 

なので、最終的には

どうせ大丈夫よ~(*´∇`*)なんとかなるわん

と高をくくってるフシがありまして

 

根本はパッパラパーなのです・・・

 

 

 

で、やはりこれにも後日談がありまして。

 

どうもその姓名判断の人は四柱推命で私を占ったぽかったので

大人になってからちょっと調べてみたんですよ。

 

そしたら

四柱推命って

運が強い=運がいい

わけではないのですね!!

 

なんか私

「月柱劫財帝旺」とかいうヤツなんですけど

我が強いとか野心家とか手段選ばないとか…

 

 

トラブルメーカーだろそれ!

 

 

もちろん四柱推命は月柱だけで判断できるものではないようなのですが、

 

普通に

「私は運が良い♪」

と思い込んでいたときの方が

 

幸せだったかもしれないですねえ。

 

 

 

 

 

そのこじれた性格は子供のころの「勘違い」が原因かもしれませんぜって話

親になって良かったこと。

 

このひとつに

「子供のころの勘違いに気づけた」

ということがあります。

 

今思えば子供っていうのは親の言うことを

まんま

聞きますので、

 

いいことも悪いこともコトバ通り信じちゃうんですねー。

 

で、悪いことの例として。

 

母親が仕事してたので私は1歳から

保育園に預けられることになったのですが、

 

「あんたが園で一日中泣いてたから

お母さんは保育園を3日でやめさせたのよ」

 

って言われてたんですよ。

 

 

保育園も通えないほどの泣き虫なんて

わたし、カッコ悪っ…。

 

 

とショックを受けましてですね。

 

ぜったい泣かない

 

と決めたわけです。

 

 

で、強気な性格になったかといえばそうでもなく

単純に

喜怒哀楽の乏しい子供になった気がします。

(そっちか)

 

 

で、感情を出してはイカンと心のどっかで思ったまま

人生を過ごしてきたんですよ。

 

ところが。

 

自分の子供も保育園に預けることになって

わかったのですが

 

1歳児なんてみんなギャン泣きよ?

 

 

( ゚Д゚)

 

 

うわああああ

ママー!ママー!!

イヤー!!!

 

コレ、1歳児クラスのデフォルトよ?

(特に4月の月曜日)

 

 

んで、大人になって改めて母に保育園やめた経緯を聞きました。

 

そしたら、

その保育園の対応が悪かったことに母が怒ってやめたらしいです。

 

え・・・

 

私が稀代の泣き虫甘えん坊だからじゃないんかい。

 

泣いてもよかったんかい。

 

 

はははははは。

 

 

いやー、

親にならなかったら

勘違いしたまま死ぬところでしたわー・・・。

 

 

 

 

 

 

「あたしおかあさんだから」の違和感 もうちょいマニアックバージョン。

この記事を自分のfacebookにながしたところ

fujicoo.hatenablog.com

 

「あたしおかあさんだから」の

「あたし」の表現に

 

「“あなたにあえたから”に

まとめきれない

何かが投影されているような

キワキワ感のあるワードチョイス」

 

というコメントを

 

この人の言語嗅覚は天才的だと常々思っている

村松志真さんからいただきました。

(しまさんの職業は整体師さんです。)

 

 

これね…私もタイトルみたときひっかかったんですよ。

 

なぜ「わたし」でなく「あたし」?

 

作詞ののぶみさんは

「育児をがんばっている、若いお母さん」

くらいの意図でチョイスしたのかしら?

 

でも、この「あたし」のチョイスが

いやだなあ、と思ったんですよ。

ファーストインプレッション。

 

私を「あたし」という女性って

どんなイメージを持ちますか?

 

まだまだ「女の子」でいたい。

 

そんな、

「女性としては未熟」なイメージがありませんか??

 

 

子供にすべてをささげることにつらさを感じてしまう、

「女性(母)として未熟なあたし」

 

そんな自分を責める心情さえ伝わってくる気がしたのです。

 

勘ぐりすぎかもしれませんが。

 

 

 

なんで自分責めをしながらのワンオペ育児を賛美しがちになってしまうかというと、

 

「母親とは、何があっても子を優先する存在であってほしい」

という願いが

みんなにあるから

 

というのもあるのではないでしょうか。

 

それはなぜかというと、

 

みんな死ぬまでお母さんの子供だから。

 

 

お母さんには何があっても愛してほしい。

自分を肯定してほしい。

 

だから、どれだけ苦しくても頑張るお母さんに自分の母親を投影して、

 

何があっても母親は自分を大切にしてくれる

 

と信じたいのではないでしょうか。

 

でも、その頑張りはただの「我慢」だということに

なぜか大人ほど目を伏せるのです。

都合の悪いことは見ないようになっているのでしょうか。

 

 

一方で、子供は「母親の我慢」に敏感です。

大人になってからでも「自分が子供だったら」と想像するだけで、違う感覚になるのがわかるのではないでしょうか。

 

「自分が子供だったら」

 

あの歌を聞いてうれしい気持ちになりますか?

 

 

 

私は、なりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしおかあさんだから」を“現役おかあさん”が聞いてみた。

「あたしおかあさんだから」って曲の歌詞が炎上してるらしいですね。

旦那に聞くまで知らなかったんですけど。

(だってTVつけても貴乃花貴乃花貴乃花しか

映ってなかったからさ。やっぱ時代はネットなのねー。)

 

 

 

んで歌詞だけネットで見たんですけど

 

「おかあさんになれてよかった」って

自分に言い聞かせてる曲かいな。

 

 

ていうのがね、

「イチおかあさん」の私的感想ですよね…。

 

だってですよ。

 

あたしおかあさんだから

早起きしてるだの、ヒールやめただの、夜遊びやめただの、ごちゃごちゃごちゃごちゃ言うといて、

 

あたしおかあさんになれてよかった

だってあなたにあえたから

 

って、オチそれだけなんですよ。

 

 

いやいやいやいや(;'∀')

 

 

本心でおかあさんになれてよかったて思ってるんだったら、

 

そうは思わないんじゃないですかね!

 

本当におかあさんライフが充実してるんだったら

そういえば

早起きしてるしヒールもはいてないし夜も遊んでないけど、

ま、その方がじぶんがラクだしね('ω')ノ

 

ていうノリじゃないですか?

 

おかあさんになってできなくなったこと

スラスラ挙げられる時点で

絶対それフラストレーションやろって話ですよ!

 

ここまでが、歌詞を読んで思ったこと。

 

でも歌ってのは曲調とかバックの映像とかも確認したほうが

製作側の意図を誤解しないのではなかろうかと思い、

youtubeでも確認したですよ。

 

 

で、実際に曲を聞いた感想。

 

スローなテンポにのせて

「あたしおかあさんだから」

「あたしおかあさんだから」

って…

 

 

なんの呪いですかね。

 

 

貞子か!((((;゚Д゚))))

(違うし古い)

 

もう耐えきれなくて一回youtube停止した。

でも頑張って最後まで聞いた。

 

なんかさあ…

母親としてもだけど、

自分が子どもとしても、

母親が育児中にこんな曲聞いてたって知ったら

そんなに不満あったなら産むなや!

っていってグレる。

校舎中の窓ガラスとか壊してまわる。

 

大変な思いをして育ててくれたんだね…涙、とか

申し訳ないけど、ならない。無理。

 

そんな感じ。

 

これで元気づけられる母親とかいるんですかね?

歌詞に共感する母親はたくさんいるでしょうけど…。

 

お母さんたちよ、

あなたは大人だ。

自己陶酔している場合ではないのだよ。

 

まずは、

「おかあさんになれてよかった」

という幸せを精一杯感じるためにも、

 

「制限だらけで不満」という本心を見つめるのだよ!!

 

話はそっからだ。

 

 

そんで、なぜ制作サイドは

「だいすけおにいさん」に歌わせたのだろう??

 

世のおかあさんたちに「だいすけおにいさん私の気持ちわかってくれるー!」というのが狙いなのか?

 

母親ってのはな、

男からの共感や励ましの言葉なんかで頑張れねーよ。

 

たまには母親が夜遊びできるように早く帰って子守するとか、お出かけ時には母親ヒールがはけるように子ども担当に徹するとか、休みの日は朝寝させてあげるとか、

 

行動がすべてですよ!!!

 

 

甘いカレーにうんざりしていた私の話はコチラ笑

 

fujicoo.hatenablog.com

 

 

 

このころは「あなたにあえたから幸せ♡」とか

そんなお花畑なこと思ってられなかったですよ。

 

今はけっこー楽しいです。

 

だから朝5時に起きるけど、

「まあ、5時に起きた方がいろいろはかどるしねえ」

っていう、

淡々とした気持ちです。

 

 

 

 

 

人生とは自分のスタイルを見つける旅なのです。たぶん。

本当に最近グダグダでしてねー。

 

家事と仕事はまあ、通常通りしてるのですが。

 

何に

「ああ私グダグダだ」

って気づいたかというと

 

服が買えなかったのですよ。

 

いや服というか正確にはカバンなんですけど。

 

あ、金がないという意味ではないです。

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

気づいたら私専業主婦になってから4年くらい

ユニクロでしか服買ってないんですよ。

あとマタニティ服。

 

ユニクロの何がいいって

とりあえず無難

じゃないですか。

 

おしゃれに見せるのは難しいけど

クッソださくもならない。

 

そんなもんでどーせ家で子どもの相手

してるだけだしって

スーパーに行っても恥ずかしくない服

をコンセプトに選び続けたこの4年。

 

で、子どもも幼稚園に通うようになり

園行事とか習い事とか

行くようになって。

 

あれ…

私、

 

モサいぞ!?

 

( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)

 

モサいっていうのはめちゃくちゃ個人的観念で

一般的なセンスは知らないのだけど

 

少なくとも私は

 

全身ユニクロを良しとする人間ではなかったはずだ!!

 

 

無難は敵。

 

無難なくらいなら

っていわれる方がマシ!!

それが私だったはずなのに。

 

それがどうだねこの体たらく。

 

ふじこ、

脱ユニします!!

 

で勢いよくイオンモールに行ったのですが

(いきなりオサレショップに行けない)

 

なぜか

ユニクロでジーンズ買ってるっていうね…。

 

 

いやほらアレですよ。

ベーシックアイテム大切っていうじゃないですか。

今のジーンズ履きすぎてヨレヨレだし。←ひどい

 

で、今日は無難なアイテムgetしにきたんちゃうやろと。

 

ここらでひとつパンチが効いたものを補充せねば。

 

そーだなあ。

やっぱりカバンあたりが取り入れやすいですかね( ゚∀゚)

 

ということで、普段家族との買い物では絶対行かない(行く用事がない)民族っぽい雑貨屋さんへ移動。

 

いろいろカラフルなカバンがありますぞ( ゚∀゚)

 

やっぱ荷物多いから大きめサイズは欠かせない条件よね。

素材は…、これはちょっとラフすぎ?若い子ならかわいいけど当方アラフォーだしね、素材もある程度しっかりしてないとビンボー臭いのよね。

 

ていうかこのカバン持って電車乗れる?そもそもオシャレを張りきるときって電車に乗って都会に行くときじゃないの?このカバンで電車乗ったらいかにもちょけた主婦じゃね?ていうかオシャレを張りきって誰に会うわけ?仕事で人脈を広げるためとかだったらもう少しきちんとしてないとヤバイよね。こんな奇抜なカバンじゃ「おかんアーティスト」ですかって話だよマジで。あー、じゃあいっそ「おかんアーティスト」になればいいのか!え?今自分で言っといてアレだけど「おかんアーティスト」って何をするのかしら。ポストカードとかつくればいいのか?なんかありがたい龍とか富士山とか描いて「なんちゃらパワーを注入して飾れば波動が上がります」とか言えば今の仕事より儲かるかもしれないむしろ。あー狙い目かもしれん「おかんアーティスト」AIにも仕事奪われないし。

 

 

…って、

 

 

何の話してたんでしたっけえええ

 

( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)

 

 

ということで、

いろいろ考えすぎて超疲れたので

カバンは買わずに帰りました。

 

 

 

 

スタイルを探す旅は続く。

 

 

 

 

周りの動向が気になっても、そんな自分を恥じる必要はないんじゃないですかね。

2017年もおしまいですね。

みなさんどんな一年だったでしょうか。

 

私はやっと子育ての暴風雨がひと段落した感じで、

家族でわーわーいってる時間に幸せを感じられる

ようになりました。

 

結局時間が解決してくれたオチでしたね。

 

 

 

で、話は変わるのですが、

ここ3年くらい「SNS起業」「起業女子」と

いわれる人たちの動向をずーとウォッチしてまして、

そんな自分がちょっと、恥ずかしかったんです。

 

他人の観察はいいから自分のことしろよ!って。

 

実際に行動されてる方からしたら、

気分悪いですよね。こういうの。

 

なかにはそんな私のつぶやきを

面白がってくれた方もいたのですが

 

「いやいや、私はそんなことが

やりたいんじゃないねん…たぶん!」

 

という、モヤモヤした気持ちが常にありました。

 

ですが。

 

ここひと月くらいで、

急に他人の動向が気にならなくなりました!

 

理由はわかりません(笑)

 

 

それどころか

 

「会いたい人に会いに行くと

人生変わるらしいから

気になる人には会いに行かねば!」

 

みたいに妙に頭が沸騰していたのが

なんかクールダウンしたというか…。

 

(いや「会いたい人に会いに行く」のは

有効なこともあるんですけど

ネット上には「幸せ案内人」が居すぎて

直感(笑)で「良さげ」な人に会いに行ったら

マッハで破産するよなーという話です。

飢えてるときは直感の精度もお粗末なので。)

 

 

結局この数年他人様の動向を見ながら

なにをしてたのかなーと振り返れば、

 

「で、自分はどっちに行きたいのか」

 

を探してたのだと思います。

 

 

あれでもない、これでもないと言いながら。

 

 

「他人の動向なんて見るだけ無駄」

という人もいますが

 

気になるのだったら仕方ないじゃないですか。

 

行くべき方向性を仮決めする手がかりさえ

無い状態だったのですから。

 

 

「とりあえずでいいから道を決めなさい!」

という風潮ですが、

 

私みたいに腑に落ちないと歩みが止まる人も

いると思うんですよ。

 

だからって、止まってても何も始まらないので

とりあえず命はつないで(笑)

 

私の場合、

なにかすごい

運命の出会い!!

 

とかがあったわけではないのですが

 

いろんなものが醸造されて、

今、やっとゆっくり動き出した感覚です。

 

 

なので、

 

何をしても手応えのない自分を

恥じなくても、

焦らなくても、

 

いつかわかるタイミングは

来るんじゃないですかねーって

感じです。

 

 

生きてりゃ何かに出会えますって。

(おおざっぱ!!)

 

 

 

 

 

 

 

子どものいない人生はかわいそうとか、自分で稼げない人はかわいそうとか。

目にしなきゃいいものを立て続けに見てしまって

ちょっぴりへこみぎみでございます。

 

子どもがいないなんて

(幸せを知らなくて)

かわいそう

 

自分で稼げないなんて

(幸せを知らなくて)

かわいそう

 

なんでオンナはいがみあうのでしょうか…。

 

たぶん強がってるというより

心の底からこの思想なのでしょうね。

 

だから子どもを持つ気がないOR稼ぐ気のないオンナが理解不能なのでしょう。

 

いや、「子どもを持つことがすばらしい」「稼ぐことがすばらしい」というよりも、

 

どちらかというと逆で、

 

「子どもを持つ必要性がわからない」

「自分が稼ぐ必要性がわからない」

 

のだと思います。

でも「それが大事」という意見も世間には根強いから、完全に無視もできない。

 

そこに

「子どもいないなんて非国民!女として終わってる!」と言われたり

「稼がないなんて社会のお荷物!お前も税金払え!」みたいに言われたら

 

なになに

ワタシの存在間違ってるって言いたいわけですか!?

 

 

と腹もたちますわなー…と。

 

私は子ども産むまでどちらかというとアンチ専業主婦だったので

「なに母親ってだけでデカイ顔しとんねん。動物でも子育てくらいするやろが。」

という発想も、まあわかるのです。

 

でも実際子どもを産んで育ててみると

いわゆる「仕事」とは全然質の違う過酷さがあり。

 

「子ども生んでないくせにわかったような口聞くな!」

という気持ちも、とてもよくわかるのです。

 

だけど、それをその相手にぶつけるのは、どうなんでしょうねー…。

 

子育てをしてない人に

「子どもがいるって幸せよ!子育てしないなんて人生損してる!」

仕事をしていない人に

「自分で稼げるって幸せ!養ってもらってるなんてあなた非力よ!」

みたいなメッセージをぶつけるのって…。

 

ピーマン嫌いな人に

 

「ピーマンおいしいのに食べられないなんてかわいそう!」

 

「ピーマン食べないから肌荒れするんじゃない?」

 

「ピーマン嫌いなんてコドモじゃないんだから」

 

っていうのと同じなんじゃないでしょうか。

(たまにこういう人いますけど笑)

 

そこまで言うなら

ピーマンみじん切りにしてハンバーグに混ぜてやれよ

って思うのですが、相手にそこまでする気はなくて「かわいそう~」で終わり。

 

だったら言わなくてよくね?

 

それで

「だよね!私損してるよね!これからはピーマン食べる!」

とか

100%ないじゃん。

 

ただ目の前に現れた、自分の大切なものの価値がわからない人が気に入らなくてマウンティングしてるだけじゃん。

 

まあ、自分の価値観が通じなくて「イラっ」とする気持ちは、人間だもの。あるでしょう。

 

だったらママ友の集まりなり仕事仲間の集まりなり、同じ価値観の集いで毒吐いとけばいいんだよ!!

 

どんな環境の人がみるかわからないネットに書き込むなって話だよ!

 

おしまい。

 

 

あっ、でも「ネット上になに書こうが自由なんだから気にいらんなら見るな」っていう意見もあるんですよね。

まあ「ヒトを不快にさせても私はこれを主張したいのである!」というのなら、自由っちゃー自由、ですかね…。(歯切れ悪いな)