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私が未経験からライターになれた理由。

おひさしブリーフ!

…ってさっきテレビでやってて懐かしすぎたので書きました。すみません。

 

実は最近webライターデビューをしましてですね、コツコツ記事を書いたりなぞしておりました。

そんな矢先DeNAのキュレーションサイト問題がでてきたりなんかして、ほんと先行き不透明感アリアリですけどね。

質の良い記事を求める代わりにライターに適切な報酬が払われる方向で業界が変わればいいですね。はい。

まあ、駆け出しもええとこの人間がどうこう言う話じゃないですね。はい…。

 

で、ライターデビューの話なんですけど。

 

前々から「ライター」っていう仕事があるのは知ってたんですが、どーやってなるのかは謎だったんですね。

クラウドソーシングのサイトに応募してうんにゃらとか、そういう方法があるのは知ってたんですが、ぶっちゃけ、報酬低いでしょ?

1文字0.5円?とか。それで将来につながるならいいけど、あんまりそんな気もしねーなとか。いや実際のところはわかんないんだけど。

でも世の中ライターで自活できる程度に稼いでいる人もいる、らしい。

どうせ書くなら、稼げるほうがいいじゃないですか!!

 

というわけで、「稼ぐための営業の仕方を教えます」というライター講座に行ってきたのです。(実際の講座のタイトルは違います)

 

で、レジュメにそって講座が行われたわけですが。

 

正直ね、基本的な営業の仕方を知りたいのなら、今どき本やネットでコト足りると思います。

じゃ、なんで大枚はたいて講座に行ったかというと、その講師の持ってるコミュニティに入りたかったからです。

これ前職で人事やってた経験から言えるんですが、「関係者からの紹介」って強いんですよ。仕事頼む側からしたら、最初は相手がどれほど信用できる人間なのかってのが一番心配なところなんですが、「関係者からの紹介」はずいぶんと信用がつく。

 

ちなみに、私がその講師のところへ行ったのも、「関係者の紹介」です。

直接「あの講座いいよー」と言われたわけではないのですが、(ネット上だけですが)知り合いの経営者さんがその講師の方と仲がいいのを知っていて、「あの人と仲良くしているのなら、胡散臭い人ではないのだろうな」という。

こうして信用は担保されるわけですよね。第三者大切。

 

それでまあ、講師の方のライターコミュニティに入れていただくことが出来まして(笑)

でももちろん、仕事を獲得するために講師の方にしてもらえるのはそこまで。

そこには「こんな仕事あります!」というお知らせもあるのですが、そのお知らせを見ている有能なライターさんたちもわんさかいるわけですよ。

 

かたや当方、「日本人ですから文字は読み書きできますが」というレベルの主婦なわけで。

日本の識字率何%だと思ってんだよ!

帰れ!!

っていう状態ですよ。

 

で、ほんと「帰ろうかな…(このfacebookページの世界から)」と弱気になっていたのですが、音楽家の派遣を行っている企業さんからの依頼案件があったんです。

 

派遣演奏についてや、ブライダル関係のお役立ち情報などを書いてくれる方募集…

しかも、あんまり単価高くない。

 

コレ私のための案件やわ!!

 

吹奏楽10年やってたから依頼演奏やったこと何度もあるし、結婚式挙げたから一応知識あるし。単価高くないってことは凄腕ライターはスルーするだろうし。

 

ていうか、コレであかんかったらライターとかいうのやめるわ!!

 

と荒い鼻息が先方に伝わったのか知りませんが、無事テストライティングに合格し、コツコツ記事を書く日々が始まったわけです。

めでたしめでたし。

 

で、未経験からライターになれた理由をまとめますと。

 

・ライターさんのコミュニティに入ることができた

・たまたま自分の得意分野に対するニーズがあった

 

というあたりでしょうか。

 

まあまだまだ内職ですけどねー。

0と1はぜんぜん違うっていうことで!

 

ぼちぼち、やっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SNSで知らない人とつながると、「人間」がよくわかるという話。

長らく放置していたので、アクセスが0ならひっそりとやめようと思ってたのですが、意外と0ではなかったので、自分でものぞいてなかったのになーと驚きながらも、なんとなく近況報告を。

 

2年前のある日から、偽名の「ふじこ」名義でブログをしたり(昔はアメブロ使用)、facebookをしたりという活動をしていました。

ブログはともかく、facebookなんてリア友どうしでするもんじゃないのか?と思っていたのですが、当時は個人事業主などビジネス使用の人の間では、上限の5000人までつながるのがはやっていて、しかも「いいね!」とかコメントをしまくるのがはやっていたので、そんな怪しい「ふじこ」にも構ってくれたりなんかして、「ふじこ」活動(=SNS上で理屈をこねる発言をしていたこと)は、産前産後の理屈が通用しない子どもに対するストレスのはけ口になっていたのでした。

 

いや、そもそもは、SNSを使って起業できるらしい!という話を聞きつけて始めたのですが。でもやっぱりいろいろ調べるうちに、どこのコミュニティにも入らずに何かを売るなんて、実績もない人間にそんな話はあらへんでということがわかったのです。

 

しかもコミュニティに入ったからといって、自動的に売れるわけじゃないですしね。

そのコミュニティの中でも、目立たなければ注目されない。目立つって何かというと、とにかく集まりに顔をだして、facebookで影響力のある人にタグつけてもらうとか、ブログで紹介してもらうとか。みんなが売れたい=目立ちたいわけだから、そこにはやっぱり、時間なりお金なりを投資する「覚悟」がいるわけですよ。

で、そんな覚悟あらへんわということで、なんとなく沈下。

 

そこでおしまい…のはずだったのですが、起業してる人ってフレンドリーで優しいんですよ。まあ、商売人の礼儀かもしれませんが(笑)

事務で起業してますとか、スピリチュアルやってますとか、なんか全然知らない世界で、会って話しても好奇心が満たされて、すごく面白いんですよ。

 

正直な話「ママ」の立場で出会う人って、ちょっとこう、腹を探りあう感じというか、いろいろ気を使うというか(悪く思われたらめんどくさいという自分自身の邪念ですがw)、疲れるなってのがあったのですが、SNSで出会った起業女子といわれる人たちには、まあ、嫌われても構わないじゃないですか。別に顔をあわせないといけないとかないし。

そう思うと結構強気でいけて(性格ショボいな)、でもそんな強気発言を面白がってくれる人もいて、「あー!これオッケーなんだ!!」と思えたのはすごく大きかったです。

あと、お茶会でお話ししたときは「私に興味なさそう」と思ってた人が、案外あとからSNSで仲良くしてくれたパターンとかあると、「人ってわからないなー。自分勝手に人のことを判断するのはやめよう。」とか、勉強になりましたね。

 

あとは、まったくバックグラウンドを共有してない人とfacebookでつながると、「!?」って価値観に出会うことがあるんですよ。突飛な話をしてるとかじゃなくて、「そこでそう思うの!?」みたいなやつ。で、そこにはその人の意見に対して「そうだそうだ!!」ってコメントが寄せられてるわけで。

「あー。本当に他人の考えてることっていろいろなんやわー。」ということが、よくわかりました。

 

それらのことは実生活でも影響がでていて、「私、嫌われてる!?」と思うことがあっても、そんなに気にならなくなりました。

 

だって他人様の思考は、私には理解しようがないから。

 

その代わり自分が嫌なことは嫌と相手に言わないと、伝わってないのかもしれないなーとか、

 

他人は同じ「ヒト」というだけで、後は思ってるより別個の存在だ

 

ってことがよくわかりました。

 

 

 

もう、知らない人とSNSするのはやめたんですけどね。

 

なんでやめたのかは、また今度。

 

不快でも受け入れる、それがラクに生きる秘訣なのかもしれない。

前の記事で書いたように、最近「老いを受け入れられない」辛さを感じる日が来ると気づいたのですが、

世間一般の「普通」を目指すのは無意味だとわかった、ある出来事。 - ながいながい、ひとりごと。

 

「受け入れられない」って辛さの元凶かもしれんなあ、と思うのです。

 

で、なんかヘンテコな日本語なのですが

 

「自分が受け入れられない場合もあることを受け入れる」

 

これが私に足りなかったことだとわかりました。

 

 

それは自分の思想かもしれないし、癖かもしれないし、存在自体かもしれない。

そんな自分の「アタリマエ」を受け入れられない人もいるということ。

それはとても悲しく不快な事実なのだけど、まずは「そういうこともある」と受け入れること。

 

そうしないと必要以上に腹が立って、相手に固執しちゃうんですよね。

 

「アイツこそ○○のくせに!」と悪態をつかないと、自分が落ち着かない。

 

不快な出来事があっても「そういうこともあるよね」としておけば、その件はそれでおしまいになる。(不快だけど)

不当だと感じたなら、現実的にとれる対策をとる。以上。

 

最近SNSでいろんな人の育児論を読んでいると「ないわー」というものから「反対はしないけど、そこまで大切なことじゃないかなー」というものまで、いろいろあるわけですよ。

 

ということは、逆もしかりで。

 

私が大切だと思うことを「ないわー」と思うひともいるし、「反対はしないけど、そこまで大切でもないわー」と思うひともいる。それが普通。

 

だからこそ、共感してくれる存在はすごく貴重。

そして、共感してくれなくても、尊重してくれたならそれはとても嬉しい。

 

でもまあ、共感はおろか、尊重もされないこともあります。

私自身も合わない相手は拒絶したくなること、あります。

 

「合わないな、不快だな」と感じても、その人やコトを排除したい衝動を抑える。

そして適切な距離を取る。

たいがいのことは、それで足りるのかなと思います。

 

 

あとはね、やっぱり大切な人やモノを超大切に思うこと。

 

人って「不快なこと100、嬉しいこと120」でも生きていけるけど、「不快なこと10、嬉しいこと0」だと辛くて死んでしまうと思うんですよ。

 

不快なことの大小より、嬉しいこと、楽しいこと、いわゆる「希望」がない方が辛い。

 

だから家族とか友達とか、支えてくれる人を一人ひとり思い出して「ありがとう」と感じるだけで、結構ほっこりするもんです。

 

適当な他人が思いつかないなら、デザインは気に入らなくても(笑)面白い景色を見せてくれる自分の目に、おいしい匂いを感じられる自分の鼻に、おしゃべりのできる自分の口に、「ありがとう」と感じるだけで、

 

「けっこう悪くないじゃん」という気分になるもんです。

 

 

なんかキレイゴトくさいけど。

 

 

 

 

ま、要は「自分は自分、他人は他人」っていう

 

昔から耳タコなオチですね!

 

 

 

 

 

 

世間一般の「普通」を目指すのは無意味だとわかった、ある出来事。

子どもの話の次は、祖母の話。

 

実家の近くで一人暮らしをしている母方の祖母の、物忘れがひどくなっているようです。

私にとっては優しいおばあちゃんですが、この祖母がなかなかの曲者。

 

とてもしっかり者だったのですが、プライドがめちゃくちゃ高くて「助けて」が言えないのです。

むしろ「なぜ口に出さなくとも察して私を助けない!?」と怒り出すタイプ。

 

特に心を許している家族に対しての態度がひどく、祖父が生きている間は祖父がそのサンドバッグだったのですが、祖父が亡くなってからは長女である母がサンドバッグに任命され、母も毎日ストレスを溜めている様子でした。

 

 母がおすそわけしたおかずを食べては「私のほうが上手だ」と言い、祖母が大変そうに洗濯物を干していたので(母のほうが10cmほど背が高い)手伝うと、もう一回しわを伸ばしてから干しなおし・・・

 

「おばあちゃんは自分でしないと気がすまないみたい」(BY母)

 

ちなみに母は几帳面にこなそうとする性格で、料理オンチでもないです。

でも祖母のほうが天然で几帳面です(笑)

 

祖母は都会的な生活を好み、田舎くさい同居生活や過剰な近所付き合いを嫌う人だったようです。(もちろん挨拶とか地域活動はそれなりに参加していましたが)

もろもろの実務能力が高い人だったので、周りに頼らない生活もよかったのだと思います。

 

ただ、年老いて出来ないことが増えていくという現象には、誰も抗えないんですね。

 

ひとり暮らしなのに、もろもろの予定が覚えられない。

金融機関などに行って手続きをするにも、同伴者が求められる。

新しく買ったものの、使い方がわからない。

体力がないので家の用事も一人では困難なことが増える

 

 

できない。わからない。

 

周りに迷惑をかけることを嫌い、人に頼らずに生きていくことをよしとしてきた祖母には(心理的には祖父などに頼ってたのですけどね)、加齢による衰えはとても屈辱だったと思います。

 

で、私は気づいたのです。

 

年老いたらみんな「普通」のことが出来なくなるんだ。

 

 

じゃあ「普通」「人並み」を至上命題にするなんて、誰にとってもムリゲーなんじゃないか?

 

人並み、世間並みという意味の「普通」でないと許されないのなら、みんな最後は許されない存在になってしまうんじゃないか?

 

 

なんかそう思うと

 

世間並みとかクソやな(笑)

 

 

という結論になりました。

 

いやー言葉が汚くて申し訳ない。

 

 

 

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 もう一回アラ!の画像貼っとくんで許してください(笑)

 

親に対する恨みその2(笑)どうして「普通の人」に産んでくれなかったのだろう。

こっちの記事で書いたように、納得いかないまま急かされてた幼少期が恨みとなっていた私なのですが、

セルフ年齢退行催眠した話! - ながいながい、ひとりごと。

 

まだ親を?運命を?恨んでいることがあって。

 

どうして私を普通=マジョリティに産んでくれなかったん?と思うのです。

 

いや、レンジによっては「普通」の範囲におさまる程度なんですけどね。

納得しないと動けない=トロい→普通はとりあえず動くやろ!動きながらでも考えられるやろ!(私は動きながら考えるのが苦手)

 

という発達障害の傾向がある気質に加え、

体が弱いんですよ。

 

子どものころから喘息持ちでアレルギー持ち。

ちょっと無理すると頭痛がしたり環境が変わると便秘したり。

肌もすぐにトラブルでるしねー・・。なぜか背中だけはきれいらしいけど。

(自分では見えないからわからない)

 

体が弱いのってわからない人にはわからないから、部活を休む連絡入れたら先輩に「また!?」って言われて嫌な思いしたこともあるし、会社員時代もよく休む自分に引け目を感じていました。

事務職って「その場にいてナンボ」のところありますからね。

電話番とか突発的な作業とか。

 

よく「体調管理も仕事のうち」とかいうじゃないですか。

体調管理もできない私は社会人失格と思われてるのかなあ・・・

って暗くなっていました。

(今になってわかる他人軸笑)

 

 

私の願いはただひとつ。普通の心身になること。

 

 

ずっとずっと「私は普通以下」と感じていたから、慢性的に辛かったです。

 

こんな感じでした。

 

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でね、自分の性質を恨んでるだけならまだよかったんですけど(よくはないか)、困ったことに

 

長男が私の性質を受け継いでいたのです。

 

 

私の幼少期以上の喘息。

私の幼少期以上の頑固者。

 

コイツ、腹立たしい・・・!

 

 

自分も経験者だから喘息で苦しいのは本人だってわかってる。

でも私の反射的に沸く気持ちは

 

「なんでわたしばっかり!看病ばかりでちっとも自由に動けない!働きにもでられない!お金もたまらない!!」

という怒りで

 

そのあとには

「なんで子どもが苦しんでいるのにこんなことしか思えないんだろう!?最低な母親だな!!」

という自分を責める感情で

 

私もこの子も

普通の体力ならよかったのに!!

 

と恨んでいました。

 

 

 

 

でもね、

あることをきっかけに少し受け入れられるようになったんです。

 

 

というわけでまた今度。

 

 

 

セルフ年齢退行催眠した話!

続きモノというほどではないのですが、こういう流れになっております♪

よろしければこちらもどーぞ!

 

とにかく生きるのがつらかった理由。 - ながいながい、ひとりごと。

発達障害?に気づかなかった理由。 - ながいながい、ひとりごと。

 

長男も退院して2学期も始まり、やっと自分の落ち着く時間ができたからか、そのときどういうタイミングだったのかも忘れたのですが

 

ある日

 

セルフ年齢退行催眠

のような状態になりました。

 

怪しい・・・。

 

 

 

 

幼稚園くらいのころの私は

毎日毎日お母さんに怒られていて。

お出かけ前には「はやくしなさい」って怒られてた。

 

わたしはお出かけなんてしたくなかったから、はやくしたくなかった。

だからいつも怒られた。

 

弟がいるからあんたははやくしてっていわれても

弟のためにわたしがいそがないといけないなんて、ゆるせなかった。

 

でもお母さんに口答えしてもむだだから、だまっていた。

だまって、怒っていた。

 

怒っていた。

怒っていた。

怒っていた。

 

 

 

 

うわー!!

めっちゃ怒ってたわ私!!!

 

 

びっくりするわ!!!

 

 

もうね、

最後は

何に怒ってるかわからないの!!

 

 

どういうことかというとですね、

自分で「○時にはアレにとりかかろう」と決めてることとかあるじゃないですか。

3時半には洗濯物をとりこもうとか。

 

まあ、

時間通りにしないんですよね。

 

 

別に洗濯物を4時にとりこんでもいいっちゃいいんですが、後の予定がずれこんだら焦ることも多いし、自分で決めたことを守れない自分が嫌になるしで、いろいろ試してみたのですよ。

タイマー鳴らすとか時計の針を進めるとか。

 

でもタイマーが鳴っても反射的に「まだいいよね」と思ってしまって結局動かないし、時計の針も細工してることを知ってるから効果がないし、

 

まあ小手先のテクでは変わらない。

 

 

これは「私は時間通りに動けない人間である」というセルフイメージの問題では!?

ということに気づき、想像してみたのです。

 

時間通りにさくさく動けるワタシ・・・。

 

 

気持ち悪っ!!

 

 

はい。

 

犯人は

セルフイメージでしたね。

 

そこまでは解明できたのですが、じゃーどーすんねんって困っていたのです。

 

 

で、その突如あらわれた「セルフ年齢退行催眠状態」でめっちゃ怒りを感じたあとに

 

「○時に動いてもいいし、動かんでもいいねんけど、どうする?」

 

って自分に聞いてみたんですね。

 

 

そしたら

 

体が勝手に決めた時間に動きました・・・。

 

 

 

アラ不思議!

 

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 どうやら私は「時間通りに動けない人間」というより、「時間通りに動いてやるものかと怒っていた」という解釈のほうが正しかったのかもしれません。

 

 

この話を通して何をいいたいかというと

 

・私は気質として、納得できないと動けないという気難しいところがある。

・時間を守れないのは脳や気質のせいだけではなく、幼児期の恨みが残っている場合がある。

 

 

 

ということですねー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発達障害?に気づかなかった理由。

30代も中盤戦というところで発達障害の疑いがでてきたワタシ。

 

とにかく生きるのがつらかった理由。 - ながいながい、ひとりごと。

 

いろいろ調べていくと、ADHDのような気もするし、アスペルガーのような気もする。

 

ちなみにADHDの主な症状は

 

不注意・・注意集中が苦手で一定時間集中して人の話が聞けない。忘れ物、なくし物が多い。聞き落としが多い。多くの情報が一度に入ると整理できない。ルールを忘れる、など。

多動性・・状況と無関係に常に多動で極端なくらいに活動的。じっとしていられない。しゃべりすぎる。動き回る。考えがまとまらない、など。

衝動性・・予測や考えなしに直ちに行動を起こす。質問の途中に答えてしまう。順番を待てない、など。

 

アスペルガー症候群の主な症状は

 

社会性の障害・・他人への関心が乏しく、人の気持ちを察することが苦手。場の状況や文脈を読み取るのが苦手で暗黙のルールがわからない、など。

コミュニケーションの障害・・紋切り型や抑揚が不自然など独特の口調。相手への配慮のない発言や一方的に話すなどで会話が成り立ちにくい。冗談、比喩、慣用句を字義通りに解釈する、など。

想像性の障害・・特定の手順にこだわる。急な予定の変更に弱い。限定した興味の対象に熱中する。空想と現実の切り替えが難しい、など。

 

だそうです。

 

 

ADHDに関しては、多動と衝動はあまりないかなと思うのですが、不注意がハンパないのです。子どものころから提出物を忘れてたなんてしょっちゅうだし、落し物も多かった気がします。(今でも頻度は減ったけどやらかす)

 

ADHDは昔から疑ってたのですが、自分ではアスペルガーは違うだろと思ってたんですね。

でも改めて特徴を照らし合わせると、

 

むしろ私アスペルガーの要素強くね?

 

 

・・・・。

 

 

なんで気がつかなかったかというと

自分の親もその傾向があるからですよ!

 

だから

「人間そんなもん」って思うじゃないですか。子どもは。

 

 

 

「そんなもん」と違うんかい!!

 

 

 

 

 

結論に至れるのか若干心配ですが、もうちょいがんばります!